九七式中戦車改帰国報告
アメリカ テキサス州
太平洋戦争国立博物館より 九七式中戦車改 帰国
駒門駐屯地開設記念行事イベント展示報告・・・・・・・・・・・・・
九七式中戦車改内見会実施報告
第6回国会議員連盟議連総会実施報告
防衛技術博物館と学芸員/防技博通信
賛助会員並びにマンスリーサポーターの皆様へ
いつも「NPO法人防衛技術博物館を創る会」の活動にご理解とご支援を賜り、心より御礼申し上げます。 第21号の会報をお届けするにあたり、代表理事としてご挨拶申し上げます。
今年度も、私たちの活動は多くの皆様のご協力のもと、着実に前進しております。設立以来、「防衛装 備品を次世代に遺し伝える場を創りたい」という理念のもと、私たちは防衛技術に関する資料収集や展示 活動、講演会や体験イベントの開催など、多岐にわたる取り組みを続けてまいりました。
2025年上半期を振り返りますと、社会情勢の変化や新たな課題にも直面しつつも、会員の皆様の熱意と ご協力のおかげで、いくつもの成果を挙げることができました。特に、昨年度から進めております「九七 式中戦車改(新砲塔チハ)」の里帰り実現は、米海軍からの日本への返還実現という正に夢のような話を 実現できたことは大きな収穫でありました。関係各所からも高い評価をいただき、今後の活動の大きな励 みとなっております。
また、若い世代や地域への啓蒙活動へも力を入れて参りました。未来を担う子どもたちが「技術の歴 史」と「平和の尊さ」を自らの目で見て、手で触れて、体験できる機会を増やすたことができないか?と の問いかけに地元防衛協会のご賛同をいただき、「駒門駐屯地開設記念行事」の会場内に「九五式軽戦車 4335号車」と「くろがね四起前期型」を展示させていただきました、来場した子どもたちや保護者の皆様 からは、「今まで知らなかった防衛技術の一面を知ることができた」「国産戦車の歴史を改めて考える きっかけになった」「常設の博物館を早く実現してほしい」など、多くの前向きなご感想をいただいてお ります。
一方で、私たちの活動には依然として多くの課題が残されています。博物館の建設に向けた地域住民の 理解促進、より多くの方に活動を知っていただくための広報活動、そして何よりも、防衛技術というテー マを正しく、かつ多角的に伝えていくための工夫が求められています。近代社会において、防衛技術は単 なる「兵器」や「戦争の道具」としてではなく、科学技術の発展や、平和の維持、災害対応など、さまざ まな側面から社会に貢献してきた歴史があります。その多様な価値を、偏りなく伝えていくことが、私た ちの使命であると考えております。
今後の展望として、私たちは引き続き「開かれた博物館づくり」を目指していきます。単に展示物を並 べるだけでなく、来館者が「体験」し「考え」そして「語り合う」ことのできる、双方向性のある学びの 場を創出したいと考えています。そのためには、会員の皆様一人ひとりのお力が不可欠です。ご意見やご 提案をぜひお寄せいただき、ともに理想の博物館づくりを進めてまいりましょう。
最後に、これまでのご支援に改めて感謝申し上げるとともに、今後とも変わらぬご協力を賜りますよう お願い申し上げます。私たちの活動が、次世代への平和と技術の架け橋となることを願い、引き続き全力 を尽くしてまいります。
NPO法人防衛技術博物館を創る会 代表理事 小林雅彦
市議会議員だより
「防衛技術博物館の設置を実現する議員連盟第6回総会」に参加して
御殿場市議会有志による防衛技術博物館の設置を推進する議員連盟 代表 神野義孝
御殿場市議会有志による防衛技術博物館の設置を推進する議員連盟は、防衛技 術・ものづくり技術の継承の重要性の理解普及とオンリーワン博物館の建設によ るまちづくりの推進のため、会員の博物館研修、国会議員連盟への参加、情報共 有などの活動を行っております。
国会議員連盟総会において、御殿場市長から防衛技術博物館設置計画の説明が ありました。前年度総会において、具体的イメージが判る資料を見せて欲しいと いう要望があり、外観イメージ案、内観イメージ案も示されました。また、小林 代表理事から、3つの重要な報告がありました。中谷会長からの目的の明確化を はじめ、城内事務局長、出席者から多くの具体的な提案と意見が出されました。
今後も、防衛技術博物館建設の実現に向け皆様のご支援ご協力をよろしくお願い 申し上げます。
事務局紹介
NPO
昨年度より事務局に就任したお二人のご紹介をさ せていただきます。
法人防衛技術博物館を創る会 事務局長の木下義之と申します。令和6年6 月より事務局長を拝命いたしました。前職の福祉施設勤務を経て、現在は株 式会社カマドに勤務、保険室長を経て業務戦略室長を務めております。ミリ タリー分野には専門的な知識はございませんが、形のない構想を実現へと導 く過程における苦労や喜びを、貴重な経験として受け止めております。今後 ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
令和7年1月より事務局に配置となりました森田と申します。学部と修士課程 では戦史を含む国際関係について学んでいたので、日本の国際関係史で重要 な役割を果たした防衛技術の博物館設置を推進する活動に携わることができ て嬉しく思います。修了してから久しいので、これを機に近現代史を中心に 学びなおし、戦車の知識を付けていきたいです。同時に会の円滑な運営の一 助になれたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
九七式 中戦車改 帰国報告
新砲塔チハの帰国物語を、 代表小林より図解と写真 たっぷりでお送りします。
「2024年の夏休みにはヒューストン港から日本へ向 けて出発だな~」と、呑気に考えていた一年前の自分 に、タイムマシンで一年前に戻って小一時間は説教し たい今日この頃です。
去年の夏も暑かったはずですが、そんな記憶は追憶 の彼方へ飛び去っていました。「太平洋戦争国立博物 館」が所在するテキサス州を代表する港ヒューストン から、日本への直行便が無いことが判明したあたりか ら雲行きが怪しくなったことはハッキリ覚えておりま す。
船会社の立場としては、日米両国から博物館遺物 [Museum Artifact]として輸出入の許可が出ていても、 積み替え港となる第三国(韓国釜山港や中国上海港) でのトラブルの可能性が少しでもあるなら、文字通り 避けて通りたいと考えるのは当然といえば当然。その 結果、提案されたのはテキサス州フレデリックスバー グ市から陸路でカリフォルニア州ロサンゼルス港(通 称LAX)へ、そこからコンテナ船で横浜港へ直行とい うルートでした。約2000㎞の陸路の旅と思いましたが、 さらに、一旦ヒューストンの海運会社の倉庫に搬入さ れパッキングと輸出通関後にLAXへ向かうために、 3000㎞に迫る陸路の旅となりました。
この経路が決まる過程で、google翻訳と自分の英語 力の限界、そして異文化コミュニケーションの難しさ を痛感しました。2023年春にテキサスに初訪問して九 七式中戦車改の里帰り計画を考えた時には、博物館の 来場者駐車場に隣接した展示場所からクレーンで吊り 上げて来場者駐車場で輸送用コンテナに積み込めば、 意外と簡単に輸送できるのではないか? と考えてい ました。今となってはタイムマシーンで2年半前に 戻って当時の自分に小一時間は説教したいですね。
2022年に英国から九五式軽戦車4335号車を海運 コンテナにて持ち帰った際に、横幅2m20cmを超 える車輛は海運コンテナではなくフラットラック コンテナを利用することでコンテナ船運搬ができ ることを知りました。もちろん大きさと重量に上 限はありますがチハ車クラスなら問題はないそう です。
ここからが問題でして、テキサス州フレデリッ クスバーグ市までフラットラックコンテナの持ち 込みが出来ない(正確に言うと物理的には可能だ が、LAXから搬入することになるので費用が倍か かるので現実的ではない)とのこと。このやり取 りの過程で活躍したのが自分が描いたポンチ絵で す。言語の壁はイラストで乗り切るしかないとい うことと、お互いの頭の中に描いてる作業手順が 本当に一致しているのかを丁寧に擦り合わせるこ とができました。
☝2月12
日いよいよ帰国に向けた搬出作業が始まり ます。52年間座していた場所から吊り上げるため大 型クレーン車が横付けします。
☝長年不動で風雨に晒されて車体劣化の状態が判然 とせず、吊り上げや今後の移送時に車体が折れてし まうことが無いよう、下部に特注した鋼鉄製フレー ムを入れて万全を期します。
☝ロサンゼルス港で船積みを待ちます。今回は九五 式軽戦車とは違いコンテナに入らないサイズでした ので、高機能フィルムでラッピングしています。
☝これだけの車両群が集まって九七式新砲塔チハを搬出 します。「小さい・軽い」と言われる日本軍戦車でも扱 うのは一大作業であることがよくわかると思います。
☝約2時間をかけて慎重に輸送トラックの海運用特注の木 製パレット上に乗せられました。簡単そうにみえますが、 この後コンテナ船で太平洋を越えなければなりませんの で中心線をきっちり取る必要があります。
☝今回使ったのは壁も天井もない箱状ではないフ ラットラックコンテナと呼ばれるもので、波浪に耐 えられるようきっちりと固縛します。
☝3日の航海を経て横浜港に到着。通関手続きを行いま す。前回2022年の九五式軽戦車帰帰国の前例があり、 輸入通関に際して肝となる問題はハッキリと税関側と 共有しておりますので、今回は順調に検査は進みます。
☝太平洋の海風から車体を守ってくれたラッピングが 剝がされて九七式新砲塔チハが姿を現しました。「80 年振りの日本の様子はどんな風景ですか?」
☝輸送トレーラーでの固縛作業。重量物だけに気 を使います。
☝3月24日通関を経ていよいよ日本の土を踏みまし た。得体のしれない荷姿に作業者の方も興味津々 かと思いきや、世界中から多種多様な物品が届く 横浜港のことプロらしく淡々と作業は進みます。
☝フラットラックコンテナから吊り上げられて輸 送トレーラーに運ばれます。
☝慣れた輸送スタッフによりあっという間にシート が掛けられて富士山麓への最終行程に向かいます。
☝御殿場の地に到着しました。ここでも大型ク レーンを用意します。現状自走できない重量物の ため、留置場所は入念に決めなければなりません。 やっぱり戦車は動いてナンボです。
☝移送用に特注した鋼鉄製フレーム製作にも相当 な費用が発生していますが、安全確実な輸送に十 分な効果がありました。
会報作成のために改めて写真とポンチ絵を見比べてみました。想定通りと自画自賛もしてみたくな ります。
輸送方法が決まった後にも問題は発生します。LAX港には重量物吊り上げクレーンがなく、荷捌き 用の大型フォークリフトを使っているとのこと。日本とは作業環境も作業文化も違うことを理解する までに、3往復くらいのメールのやり取りを経て、「太平洋戦争国立博物館」にて吊り上げた九七式中 戦車改をフォークリフト用の木製パレットに乗せるひと手間が必要と判明しました。追加イラストで 確認も取れた時には、安堵感というより疲労感に襲われました。
3000kmの陸送費用も高額なのですが、専用の鋼鉄製クレーン治具製作費、博物館での大型クレー ン作業代金、専用木製パレットとフラットラックコンテナ利用のための防水耐紫外線の専用フィルム ラッピングなど、米国内輸送費だけで1000万円弱の費用が掛かりました。さらに昨秋にテキサス州を 後にしてカリフォルニア州にトラックが向かうころ、ロサンゼルス郊外での対規模な山火事があった り、横浜港到着タイミングは自分の仕事の重要な会議と日程が重なって綱渡りの輸入通関に臨んだこ とも今となっては楽しい思い出となりました。
現在では、荷主に通知されるコンテナ番号によってLAXから横浜港まではリアルタイムでGPS位置情 報が確認できるので、チハ改の太平洋横断の航程は実行者の特権として楽しませていただいたことも 申し添えておきます。
このあたりの詳細につきましては10月26
日(日)に御殿場高原ホテルで開催を予定している活動報 告会2025で詳しくお話しさせていただきたいと考えておりますのでお楽しみに!!
今夏より、レストア作業に入る新砲塔チハ。
作業の進捗状況や、会員向けイベントのご案 内など、新鮮な情報がGETできるマンスリーサ ポーターへのご登録をおすすめ致します。
詳細な情報は、☞のQRコードからYouTube チャンネルでご確認ください。
法人防衛技術博物館事務局 YOUTUBE チャンネル開設中 チャンネル登録お願いします☺
駒門駐屯地
創立65周年記念行事
展示イベント実施報告
去る4月19日(土)に開催された「駒門駐屯地創立65周年記念行事」に地元防衛協会様との共催で 「九五式軽戦車4335号車」と「くろがね四起・前期型」の車両展示を実施いたしました。
当会が2022年に英国から里帰りさせた「九五式軽戦車」と、2016年9月に修復完了して以来、各地 で展示をさせていただいている「くろがね四起」の2台を、初めて陸上自衛隊駐屯地内で展示しました。
旧軍車両ということで万全の態勢で当日に臨みました。
代表理事小林の小学校区内にある陸上自衛隊「駒門駐屯地」は、自分が小学5年生の時に初めて戦車 と触れた想い出の場所でもあります。昭和55年頃だったはずで、61式戦車が文字通り主力戦車で、74 式戦車は北海道に重点配備されていたため、教育所用で限られた台数が配備されていたのが印象に 残っています。
第一戦車大隊、第一機甲教育隊といった当時の部隊は改変されて姿を消しましたが、駒門駐屯地と いう機甲教導連隊が所在する本州随一の戦車のメッカの地で、戦後80年を経て、三菱製空冷直列 ディーゼルエンジンの音を響かせて「ハ号戦車」が展示できたことは歴史を画する出来事であったと 感じています。また、「くろがね四起」については、以前当会顧問の木村益雄氏より、戦前に駒門廠 舎(現駒門駐屯地)で撮影されたメーカー作成配布と思われる絵葉書を見せていただいていたことが ありました。その、「くろがね四起」の実車が80有余年を経て空冷Vツインエンジン音を響かせる展 示が実現したことに感慨深いものがあります。
☝2016年にクラウドファンディングに よってご支援いただいた資金でレスト アされた「九五式小型乗用車」通称 「くろがね四起・前期型」。早いもので 9年経過しましたが稼働状態はしっか り維持されています。動態保存実績の 先駆けとなった個体です。
☝エンジンルームに収まる排気量130 0CCの空冷V型2気筒エンジン。専門 技術者以外の接触を拒否するような 現代の乗用車とは明らかに違う設え で、エンジンが生きて動いている様を 実感することができます。
☝多くの人によってSNSなどメディアに残して拡散 頂くことは技術遺産継承の大切な手法です。また 稼働状態を維持するためハードウエアを日々整備 することで、現代では失われかけた技術ノウハウと いうソフトウェアも技術遺産として継承させていくこ とも使命です。
小林は文系人間であり、61式戦車、74式戦車、90式戦車、10式戦車、そして16式機動戦闘車まで所在す
る駒門駐屯地の敷地内で「九五式軽戦車」が同じ空気を吸ってエンジン音を響かせたことは感慨深く、想 いを巡らせました。
開発時期から起算すると、90年を超え、100年に渡らんとする歴史の重みと、その連続性を感じずに はいられません。「くろがね四起」にしても全く同じであります。同様に、小銃や個人装備品、車輛や火 砲などすべての装備品には開発者や使用者の叡智と知恵が詰まっているのです。それらを東富士演習場の 歴史を縦糸として、立体的に展示実現できるような博物館が望ましいと改めて実感した一日となりました。 ご来場された皆様はどのようにお感じになったのでしょうか? とても気になります。
とにもかくにも、本州戦車教育のメッカである駒門駐屯地で旧日本陸軍戦車の展示が実現できたことは、 これまでの活動が地域の皆様にご理解いただけていることの証左でもあります。特に静岡県防衛協会御殿 場支部のみなさまに後押ししていただけたことで今回の展示が実現したことは間違いありません。本当に ありがたく感じております。
明治期に富士演習が開かれて以降、地元住民の協力と理解のもと、戦後の米軍利用期を挟んで、自衛隊 との演習場使用協定に基づき東富士演習場が安定利用できている本地域の特性を踏まえて、粛々と博物館 施設実現に向けて歩みを進めて参りたいと再認識した一日となりました。
☝支援者交流会&富士山GOGOエ フエムラジオ「社長の小部屋」公開 収録。御殿場市観光協会会長山内 氏の「地元が見慣れている何でも ないと思っている風景が実は観光 アセットになりうる」というお話は印 象的でした。
☝☞支援者交流会&ラジオ「社長の小 部屋」公開収録。鈴木社長や小林代表 によるトークショーが開催されました。戦 車とは普通は非日常の存在なのですが、 お二方にとっては完全に生活の一部と 化しており、コア過ぎる話は止まりませ ん。 ☝展示準備中の九五式軽戦車。令和日本の戦車の聖 地である機甲教導連隊が所在する駒門駐屯地に、昭和 の戦車が三菱製空冷直列ディーゼルエンジンの音を響 かせ、轍を刻んだ(ゴムシートで路面は保護されています が)。
☝くろがね四起はカワイイので再生産して欲しいという 声が聞こえます。でも現代の規制をクリアすれば「くろが ね四起」の原型は留めないでしょう。それはなぜなのか。 技術と社会の発展変化を実感できる教材です。
☟支援者交流会&ラジオ「社長の 小部屋」公開収録。二人目のゲスト は模型メーカー「ファインモールド」 の鈴木社長。模型金型職人として 愛知県豊橋市から「とよはしの匠」 にも選ばれた第一人者。