ORIGIN ROOTS FROM THE FIELD 2 2025 6 10
January 2026
点がつながり、円になる SHIRO の現在地
目にはみえないものが 暮らしをつくっている
居場所がない人の居場所 ひとりにしないための現場たち
点がつながり、円になる SHIRO の現在地
SHIRO は変わり続けてきました。
“つくってはこわす、またつくる”その繰り返しのなかで、 コスメティックの枠を越え、国境を越え、 レストランやホテル、財団へと活動の場を広げています。 しかし、日々取り組んでいることをひとつずつ辿っていくと、 その種は、40 年以上前にはすでに蒔かれていました。
点のように見えていた出来事が、 振り返ると、ひとつの円を描いている。
SHIRO の 2025 年は、そんな「つながり」に気づく1 年でした。
Photographs & Text: SHIN SASAKI
“つくってはこわし、またつくる”
SHIROの2025 年、そしてその先へ
SHIRO の 2025 年を振り返ってみましょう。4 月に韓国初の旗艦店を聖水 (ソンス)にオープンしました。9月には、社会課題へ向き合う活動及びそ の支援等を目的とした「一般財団法人シロ財団」を設立し、最初の助成 先の検討がスタート。 11 月には北海道砂川市にある「みんなの工場」の横 に、森の恵みと香りを味わうイノベーティブレストラン「MORISHIRO」をオ ープンしました。そして現在、今秋の再オープンへ向けて「砂川パークホテル」 のリニューアル及び、併設されるサービス付き高齢者向け住宅の建設を進め ています。コスメティックの分野を越え、また国境も越えて、SHIRO の活動 が広がっています。
SHIRO がこれまで辿ってきた道を振り返ると、“つくってはこわし、またつ くる”ことを繰り返してきました。目標に到達すると、すぐに次を目指したくな ってしまうのです。積み木で遊んでいる子どもたちの姿を思い浮かべてみてく ださい。お部屋をつくって遊び、次は家をつくる。一通り遊んだら今度はまち をつくりたくなる。2009 年にLAURELとしてスタートしたブランドは、小文 字のshiroへ。そして大文字の SHIROへと成長し続けてきました。こつこつ 積み上げたものを、自らの手で一度崩して、再び積み直す。SHIRO はおよ そ5 年に一度の周期で、大きく変化してきました。LAUREL がスタートしたの は 2009 年、shiro が 2015 年、SHIRO が 2019 年です。大文字の SHIRO が始まって7 年が経ちます。新型コロナウイルスの流行で数年足踏みしました が、そろそろ新しいことに挑戦する時期なのかもしれません。
全力でまだ見ぬ未来へ向かって突進している私たち。でも、はたと気づき ました。もしかすると地球が太陽の周りを回っているように、同じ軌道をクル クル回っているのかもしれない、と。レストラン、ホテル、サービス付き高齢 者向け住宅、財団、韓国への出店。次々と新たな挑戦をしているSHIROで すが、実はこれらの種は40 年以上前に蒔かれていたようです。少し時代を 遡ってみましょう。
畑からテーブルへ すべては
40 年前からのつながり
1985 年、「株式会社シロ」の前身である、「株式会社ローレル」が創業す る前の出来事です。ローレルの創業者・室松敏雄が「室松ファーム」という ハーブを栽培する会社を設立しました。ヨーロッパで体験したハーブが日常 にある生活を日本に根付かせることを目指して、ハーブの苗を通信販売した り、ハーブをレストランに卸販売するなど、農協に頼らない農業を営んでいま した。Farm-to-table 、畑からテーブルへ。レストランのシェフと直接交流 しながら、いち早く、地産地消や安心安全な農作物の生産と流通に取り組み ました。
2025 年 11月にオープンしたMORISHIRO には、この室松ファームの意思 が受け継がれています。特に意識していた訳ではありません。でも、気がつ いたら同じようなことをしていました。季節に寄り添い、自然の恵みを料理す る。その背景にある森の営みも感じることができるレストランです。監修を手 掛けるのは、道産子ガストロノミーの草分け的存在として知られる、レストラン 「TAKAO」の高尾僚将シェフ。自ら森を歩いて採取した木の実や、「シロ農 園」で育てた野菜を使い、仲間の木こりが間伐した薪の火を使って調理します。 Farm-to-tableあるいは、Forest-to-table 。室松ファームが取り組んだ、 生産者と料理人の親密な関係から生まれる料理を提供するレストランが、40 年のときを経て出来上がりました。
室松敏雄は、5 人兄妹の 3 男として、農家の家庭に生まれました。中部工 業大学(現中部大学)に進学し、電気工学を学び、その後、農家として働き 始め、農作物の栽培だけでは行き詰まりを感じていたときに、姉が住むデン マークへ訪れ、運命の出会いを果たします。旅先で風邪をひいた室松は、姉 に連れられて薬局へ行きます。そこで処方されたのは、風邪薬ではなく薬用 ハーブやカモミールティーでした。身近にハーブがある暮らしに感銘を受け た室松は、日本にもハーブ文化を定着させたいと考え、種を輸入し、ハーブ 栽培を始めました。1985 年に室松ファームを創業し、苗やハーブティーをは じめとした加工品、ポプリなどをつくり始めたことが、株式会社ローレルの 設立へと繋がっていったのです。
畑の匂いを知っていたから
「室松ファーム」に続いて、1989 年に室松敏雄が創業したのが「株式会社 ローレル」です。SHIRO のファウンダーであり、ブランドプロデューサーを 務める今井浩恵は、短大を卒業した1995 年に入社しました。室松ファームの 繁忙期に農作業に駆り出された今井は、畑にすっと溶け込み、生き生きと土 と戯れました。都会育ちの同僚たちが戸惑っていたのとは対照的です。母屋 から畑へ向かう小路の脇に生い茂るハーブの香りを嗅いだり、畑で育ったア スパラを収穫して美味しそうに食べたり。今井はこの時点ですでに自然と近 い距離で関わることを知っていました。
今井の祖父母は北海道旭川市で米や野菜を栽培する農家でした。共働き だった今井の両親は、夏休みや冬休みになると祖父母のもとに今井を預け ました。農家の娘として育った今井の母が、農村よりも都市を好む一方、今 井は田畑が大好きで、元気に走り回っていたといいます。そして幼い今井は、 どの農家も農地の片隅に小さな家庭菜園を持っていることを知ります。祖父 母から今井はこう言われました。「色が綺麗で形が整ったトマトだけがおいし いとは限らないよ。家庭菜園の野菜は、無骨だけど野菜本来のおいしさがあ るんだよ。」それは化学肥料や農薬などを使わずにつくる昔ながらの栽培方 法でした。当時幼かった今井は正確に意味は分かりませんでした。
「生産者と関わる仕事を続けていくと思う」
と、今井は言います。幼い頃に親しんだ祖父母との原体験が、就職先選 びに影響し、就職した会社の社長の考えが、その後の仕事に影響を及ぼして いる。室松の右腕として活躍した今井は、26 歳の若さで社長に就任し、自社 ブランド LAUREL を立ち上げ、shiro 、そしてSHIROへと成長していきます。
今の支援へつながる 40 年前の問い “世の中をしあわせにする”ということ
室松は200 年以上前にドイツで始まった「クラインガルテン」という農地 の賃借制度に関心を持っていました。日本語に訳すと「小さな庭」。畑を耕し たり、庭仕事をするなどのレクリエーションや、老後の生き甲斐の創出という 役割だけでなく、自然環境を保護し、子どもたちへの豊かな自然教育の場と して大きな役割を果たしています。室松が特に注目したのは、移民が畑を耕し、 地域と交流している姿。学生の頃、海外支援協力隊で訪れた発展途上国の 貧困問題を目の当たりにした室松は、東南アジアの若者が日本に滞在しなが ら、農業の技術を学ぶ施設をつくることを夢見ます。そうすることで東南アジ アの発展に寄与できると考えたのです。しかし、「株式会社ローレル」の代 では、この夢は実現しないままでした。
“誰ひとり排除しない”というSHIRO の考え方の源流はここにあるのかもし れません。時代は遷り変わり、東南アジアは経済成長を遂げています。一方、 日本の経済は長らく停滞し、日本国内にはさまざまな困難を抱えた人たちが 暮らしています。SHIRO は、2025 年 9 月に「シロ財団」を設立し、生きづ らさを抱えている人々を支援する活動を始めました。今はどんな困りごとを抱 えている人たちがいるのか、それをサポートしている人たちはどんな活動をし ているのか、そして私たちには何ができるのかを探っているところです。
“世の中をしあわせにする”というSHIRO の企業理念。これは製品を使う お客様に限った話ではありません。素材を育てる方々、生きづらさを抱えな がら日々を暮らしている方々、そしてこの世界を形づくるすべての動物や植物 たちをも含みます。最初に言葉にしたのは今井浩恵です。それまで、はっき りと言葉になってはいませんでしたが、ローレル時代から大切にされてきた 価値観なのです。
受け継いだ想いを世界へと広げながら 同じ場所を回り続けている
2025 年 4 月、SHIRO は韓国初の旗艦店を聖水(ソンス)にオープンしま した。12月にはLOTTE WORLD MALL に 2 号店をオープン。海外進出は、 2016 年にロンドンのキングスロードに始まり、その後、 2023 年には台湾 にもお店をオープンしています。しかし、聖水店のオープンは、SHIRO に とって大きな一歩でした。思い出したのは、LAURELとして札幌ステラプレ イスに 1 号店をオープンしたときのこと。2009 年当時は、国内外に32 店 舗を展開するまでにブランドが成長するとは想像もつきませんでした。先日 LOTTE WORLD MALL にオープンした店舗の奥行きの狭さは、どことなく、 いえ、はっきりとLAUREL の 1 号店を思い起こさせます。2026 年、韓国で は現地法人を立ち上げ、さらに出店が続きます。15 年後にはどんな規模に 成長しているのでしょう。
こうした海外への目線にも室松の影響が強く表れています。室松の姉はデ ンマークに、妹はアメリカに留学していました。そんな姉妹や、少女時代に 海外で過ごした経験のある先進的な考えを持つ母・恒子さんの姿を見て育っ た室松の思考は日本国内に留まらず、いつも海外を向いていました。出店準 備やフィールドワークで国内を飛び回る今井にとって、初めての海外は、仕 事で訪れたヨーロッパでした。その後も、見本市を視察するために香港を訪 れたり、シアバターを求めてガーナを訪れるなど、旅を続けます。
SHIRO は進化し続けてきました。そしてこれからも進化し続けます。つくっ てはこわす度に、皆様を驚かせたり、戸惑わせたりしてきたかもしれません。 きっとこれからも驚かせることでしょう。新しいことを始めるときには、正直私 たちにも繋がりは見えていません。でも振り返ってみると、バラバラに見えた 点と点が繋がっています。
SHIRO は“世の中をしあわせにする”という言葉 の周りを移動し続けています。その考え方は室松敏雄や、さまざまな出会い や気づきから受け継いだもの。そして、次の世代へと受け継がれていくもの なのでしょう。
目には見えないものが 暮らしをつくっている
どんな仕事も、どんな生き方も、 きっかけはいつも小さく、目立たない。
光に足を止めた瞬間。花に触れた時間。 名前も知らない人たちが同時に居る風景。
この特集に登場する6 人は、 「正解」や「分かりやすさ」よりも、 自分が信じた感覚を、時間をかけて引き受けてきた。 選んだというより、出会い、迷い、続けてきた仕事と暮らし。
目には見えないけれど、確かにそこにあるものが、 今日の風景をつくっている。
HUNTER
福山 萌子
Hunter ハーベストガーデン福山
選んだ仕事ではなく 引き受けてつながってきた暮らし
東京で共働きをしていた両親が北海道へと移り住ん だ。私が 2 歳の頃だ。減反政策の中、縁もゆかりもな い極寒の地で、まだ一般的とは言えなかった有機農業 で生計を立てることは容易ではなかった。木登り、泥 遊び、暗くなるまで遊んだ……と言いたいところだが、 門限は 5 時、お米を研いで風呂掃除するのは子どもの 仕事。泥だらけで働く両親。身なりは周囲より質素で、 成長するにつれ「田舎の農家」を恥じ、サラリーマン 家庭に憧れた。高校卒業後は札幌で事務職をしながら 夜間大学に通い、営業職に就いた。モノを売るのが大 好きで、成果主義の業界に心底やりがいを感じていた。 その後シングルマザーとなり看護師資格取得を決意。 偶然にも地元の大学に入学することに。卒業後は札幌 に戻るつもりだったが、林業に携わる夫と再婚し、地
元に残ることになった。夫のすすめで狩猟を始め、看 護師の傍ら、獲った肉をおいしく食べたいと、実家の 農園でハーブを栽培し、野菜を採って家に帰る暮らし。 そんなある日、「もう看護師やめてもいいかな」と口 にした。
天気と睨めっこしながら日の出とともに猟に出て、 両親と暗くなるまで畑を駆け回り、土日は子どもたち と農作業をしたり、直売イベントに出店したり。自分 で獲った肉や、畑で収穫した野菜、そして仲間と物々 交換した米や魚で食卓を囲み、みんなに助けられなが ら暮らしている。大きな決断を重ねてきたわけではな い。変化をあるがままに受け入れ、引き受けてきた先 に、今の暮らしがあるのだと思う。
福山 萌子 MOEKO FUKUYAMA 1982年東京生まれ。NPO法人もりいく団代表。両親が開設し た有機栽培農場「ハーベストガーデン福山」で野菜やハーブ を育てながら、ハンターとして地域の有害鳥獣駆除に携わり、 「MORISHIRO」へジビエを提供。
DIRECTOR
竹田 郁
まちなかぶんか小屋
多様な人が行き交い、自然に集まる 寄り添い合う居場所づくり
子どもの頃から、図書館に行くのが好きでした。そ こには、本を読む人だけではなく、いろんな人がいま した。毎日、公衆電話から長電話をしている女性や広 場に小屋を建てて暮らしている男性、室内をブーンと 言いながら走り回るお兄さんなど。直接言葉を交わす ことはないけれど、多様な人が同じ空間に、同時に居 ることが可能となる場所。それは、世界にはいろいろ な生き方や価値観があるのだと、体感的に知る経験で した。私はきっとそんな場所で起こる、予期せぬ風景 に魅せられてしまったのだと思います。 「どうすれば、まちの中にこういう場所を増やすこ とができるのだろう」と大学に入り、それが「公共空 間」や「公共性」と呼ばれるものだと知りました。一 方で、まちからは多様な人がともに居る場が減り、社 会は逆方向へ進んでいるようにも感じていました。本 を読んだり、デモに参加したり、変装してまちを歩い てみたり、気がつけばいつも考えていたり実践する人 生のテーマのようになっていました。 そんな中、働いてみない?と声をかけてもらったの が「まちなかぶんか小屋」です。ここもまた多様な人 が行き交う場所。ここで起きる日々の景色にずっと魅 せられています。
竹田 郁 KAORU TAKEDA まちなかぶんか小屋事務局長。2008年に「ワーカーズコープ・ センター事業団」に入団。異動で旭川へ。主に失業対策事業、自 立支援事業に携わる。2015年より、演劇や落語、マーケットなど、 文化・芸術をきっかけに人が集うまちなかぶんか小屋に参加。企 画・運営を行う。
GRAPHIC DESIGNER
佐々木 信
/ 3KG 代表
FLORIST
山下 郁子
BOTANICAL ARRANGEMENTS TSUBAKI 主宰
好きなものに、正直に 映画館でみつけた自由な道
僕がグラフィックデザイナーになったきっかけは、 両親が(おそらく)「創造性豊かに育って欲しい」と いう願いを込めて、僕に買い与えてくれた、レゴブロ ックと、60色のサクラクーピーペンシル です。毎日 ブロックを組み立て、画用紙に絵を描いていました。 誰に教わった訳ではありませんが、幼い頃から形や色 の魅力に惹かれていたようです。
そしてもうひとつ、大学時代のアルバイトが僕に大 きな影響を与えています。僕はミニシアターで映写技 師のアルバイトをしていました。映画館のオーナー夫 妻が働く姿を間近に見て「僕も好きなことをやって生
きていこう!」と、迷いが吹っ切れました。サラリー マンと専業主婦の家庭に育った僕は、自分が会社員に は向いていないと感じつつも、どこかレールからはみ 出せずにいました。映画をこよなく愛するオーナー夫 妻の姿を見ると、毎日とても楽しそう。僕は就職活動 はしないと決め、専門的な教育を受けていないにも関 わらず、自分が夢中だったグラフィックデザインの世 界に飛び込みました。デザイン会社の傍ら、お店やギ ャラリーを構えて、人が集まる場所を営んでいるのは、 間違いなく映画館で見た風景の影響です。
佐々木 信 SHIN SASAKI 1974年北海道生まれ。デザイン会社3KG代表。SHIRO PAPERの 編集、デザインを手掛ける。「D&DEPARTMENT HOKKAIDO」 を運営。子どもと育児中の大人へ向けて「庭しんぶん」を毎月発行。
世の中をもっと うつくしくするために
「花をいける」「庭をつくる」「景色をつくる」とい う3つを軸に“植物での場づくり”をしています。庭 師を父に持った私は幼少期から植物に触れ、美しいも のを見ることが大好きでした。小学校 4 年生から習っ た生け花の先生は私を枠の中に閉じ込めることなく、 行けば孫と会ったかのように喜び可愛がり、花に触れ る時間を楽しませてくれました。私は幼少の頃から決 めつけられることが苦手で自分で考えることを好みま した。花選びにおいてもまた、自分が美しいと思う感 覚を譲ることはなかったです。先生のおかげもあり、 私は花の世界に吸い寄せられていきました。
この職業に就き 25 年が経った今、“世の中をもっと うつくしくするために”命を尽くすことにしました。 私は植物からも人からもたくさんの幸せをもらいまし た。これからは恩返しのときです。見ることの叶わな い未来の人々にも愛され笑顔が続いていく「景色をつ くる」ことが今の私の夢。大好きな絵本『ルピナスさ ん』のように美しい景色をつくり、その景色を見た未 来の子どもたちがまた“世の中をもっとうつくしくす るために”何かしなくてはと思ってくれることを願っ て私は精を出して働きます。うつくしいもので人が喜 んでくれることが私の生きる喜びです。
山下 郁子 IKUKO YAMASHITA 「BOTANICAL ARRANGEMENTS TSUBAKI」主宰。2014年 4月創業の植物で場づくりをする宮原圭史と山下郁子のユニット。
大辻誠司 NPO 法人 中空知・地域で 認知症を支える会 SOCIAL WORKER
出会いと、チャンスと、個性と 生きた時間と、決断の積み重ね
大学進路時に、野球部の顧問から薦められた社会福 祉学部。新たな専門の分野であること、また調べると 「誰もが人として、豊かに生きられる社会」のための 制度や環境を学ぶ学問だということを知り、進学を決 めました。卒業後すぐにソーシャルワーカーになった わけではなく、精神科病院に勤務したことが、いまの 道への第一歩だったのです。「人と関わる仕事をした い」と思い進んだ福祉の分野。
精神病で何年も病と向き合うことは、ある意味ゴー ルがないものだった。だからこそ一人ひとりとの向き 合い方や、方法がすべて異なる。そんな風に患者の方々
と寄り添っていく時間は、私自身が描いていた福祉の ありかたそのものでした。
そして、若年性アルツハイマー型認知症の松本健太 郎さん(52)に出会いました。24年、「希望大使(認知 症本人大使)」に任命された松本さん。私が運転手と なり、全道各地をめぐっています。松本さんは、25 年 11 月から「みんなの工場」で働いています。その姿 は、認知症であっても社会の役割を持ち続けるという 「新しい認知症観」が、企業の力と結びついた瞬間で す。支援は一方通行ではない。その働く姿が、周囲に 勇気や優しさを与えています。「互助」 を美談に終わ らせるのではなく、持続可能なシステムとして機能さ せていく。支える・支えられるという境界線が溶け合 い、誰もが当たり前にそこに居ていいと感じられる地 域に。
INTERIOR DESIGNER
目には見えないデザイン 自然なデザイン
「自然」が私の活動の源です。ある日偶然入ったギ ャラリーで、白い壁に写し出された光を見ました。そ して光に導かれて、美しい瞬間を経験したのです。お そらくその日の感動が導く方向へ向かうことが、今の 私の仕事に繋がっているのだと思います。それは決し て特別なものではありませんでした。自然の光とラン プの光が同時に壁面に映し出され、自然と人間がつく ったものが美しく共存しているように見えたのです。 時間とともに移りゆく影がつくりだす形が、美しかっ たのです。平凡かもしれませんが、私はその美しさの 正体について思いを巡らせ、試行錯誤を続けています。
最近、韓国の済州島で廃校となった小学校を改装し、 幼児のための体験空間を設計しました。自然から遠く 離れてしまっている今の子どもたちが、どのように自 然と調和し、自然との関係を回復できるかについて頭 を悩ませました。その結果、「あなたは一体何をしま したか?」と聞かれそうな、デザインされていない空 間になりました。しかし、私たちができることは、原 始的な自然への回帰なのではないか。 自然を観察し、 自然と遊び、自然が感動することを実現したいのです。 これからも、そういう仕事を続けたいと考えています。
リム・テヒ 임태희 LIM TAEHEE 日本の「京都工芸繊維大学」の建築学科で博士学位を取得。帰 国してから韓国のソウルで「リムテヒデザインスタジオ(Lim Taehee Design Studio)」を開いた。空間デザイン、建築、家具、 アートディレクティングなど幅広く活動している。
大辻 誠司 SEIJI OTSUJI 1962 年北海道生まれ。営業職を経て88年よりソーシャルワーカ ーとして歩む。精神保健福祉士国家資格化運動や地域支援を経て 06 年より「砂川市立病院」。10 年から認知症疾患医療センター 専従。「NPO 法人 中空知・地域で認知症を支える会」活動ほか。
アメリカの児童文学作家バーバラ・クーニーの世 界を美しくする小さなおばあさんを描く物語(ほ るぷ出版) 済州幼児教育振興院ヒェチョン分院
デザイナー
Lim Taehee
Lim Taehee Design Studio
居場所がない人の居場所
「
TABI SHIRO 」の 2 人が訪ねた
ひとりにしないための現場たち
社会課題という言葉は、 どこか遠くのもののように感じられます。
ニュースで聞くことはあっても、 実感を持つのは簡単ではありません。 けれどその正体は、誰かの孤独や、 言葉にならない違和感として、 私たちのすぐそばに存在しています。 旭川、東京、帯広。
Podcast「 TABI SHIRO 」MC の2 人が いくつかの場所を訪ね、制度の外側で 人と向き合い続ける人たちに会いに行きました。
Text: HIDEKAZU IZUMI
まちの「何でも屋さん」に届くのは 「名前がつく前」の困りごと
まちなかぶんか小屋 北海道旭川市
社会課題という言葉は、少し距離のある響きとして聞こえます。ニュース で目にすることはあっても、自分の暮らしのすぐ隣にある実感を持つのは、 簡単ではありません。 SHIRO のブランドプロデューサーである今井浩恵と ノンフィクションライターの泉秀一は、そうした距離を確かめながら、いくつ かの現場を訪ねました。向かったのは、旭川、東京、帯広……。それぞれ 異なる場所でありながら、共通していたのは、国や自治体の制度や仕組み だけでは支えきれない現実と、そこに向き合っている人たちの姿でした。
最初に向かったのは、北海道旭川市の中心部にある「まちなかぶんか小 屋」です。旭川駅の北口前からまっすぐ伸びる買物公園通りを 15 分ほど歩 いた先、商店がまばらになり始めた通りに、まちなかぶんか小屋はありまし た。外にはのれんが掲げられていて、赤い布地ののれんに白く大きな「ぶ」 の文字。文化の「ぶ」だとは分かっていても、なんだか怪しい雰囲気を醸 しています。何をしている場所なのか、一見しただけでは分かりにくく、扉 の前で一瞬、立ち止まりました。窓ガラス越しに中を覗くと、カラフルで目 立つ格好をした50 代くらいの女性や、椅子に腰掛けてぼんやり外を眺めて いる高齢者の姿がありました。家にいるのが寂しくて来たという人もいれば、 ただ時間をつぶしに立ち寄ったような人もいる。子どもが遊び、近所のお じいちゃんやおばあちゃんが世間話をしている。目的も立場もバラバラな人 たちが、同じ空間に同時に存在していました。
まちなかぶんか小屋は、演劇や映画の上映、トークイベントなどが行われ る文化スペースでありながら、それ以外の時間は、誰でも自由に出入りで きる「居場所」として開かれています。利用のルールは最小限で、何かを しなくてもいいし、何者かである必要もありません。ここに来る人たちの多 くは、支援を求めて訪れるわけでも、明確な目的を持っているわけでもな い。ただ、ひとりで過ごす時間が長い、なんとなく誰かと同じ空間にいたい。 そんな理由で、ふらりと立ち寄ります。
運営に関わる竹田郁さんは、もともとソーシャルワーカーとして働いてきま した。縁あって東京から旭川に拠点を移し、ここではイベントの企画や進行、 空間の管理といった日々の運営を担いながら、ここに集まる人たちから持 ち込まれるさまざまな困りごとにも向き合っています。「何か困りごとがあれ ば、私に電話がかかってくる。まちの何でも屋さんのような状態です」(竹 田さん)。
中でそんな話を伺っていると、突然、竹田さんの電話が鳴りました。電 話の相手は、「ここをよく利用している人」とのこと。声のトーンから、や や切羽詰まっていることが伝わってきます。ひとりではどうにもならない困り ごとが起きたというのです。竹田さんひとりで解決できることもあれば、で きないこともある。そんなときは、まちなかぶんか小屋にいる人や、近所 のお店の人に声をかけます。専門家ではないけれど、手を貸せる人がいる。 全部を抱え込まず、その場にある関係性を使う。まちなかぶんか小屋では、 そうした助け合いが、特別なことではなく、日常の延長として行われていま した。
外から見たときの入りにくさと、中に入ったときの不思議な安心感。その 差に、私たちは少し戸惑いながらも、どこか納得していました。社会課題は、 最初から「課題」として姿を現すものばかりではない。多くの場合、説明し きれない違和感や孤独から始まります。そんな「名前がつく前の困りごと」が、 ここにはあります。そして、それを無理に整理せず、まず受け止めようとす る人たちがいる。その姿を見て、社会課題という言葉が、身近なものに感 じられた気がしました。
「あなた」の困りごとを 「まち全体」で解決する
続いて向かったのは、東京都渋谷区笹塚。新宿から電車で数分という 都心に近いまちにある「笹塚十号のいえ」です。笹塚の商店街の一角で、 八百屋さんの空き店舗を改装してつくられました。コンセプトは‶屋根のあ る公園"。目的がなくても立ち寄れて、何もしなくても咎められない。旭川 で感じた安心感と、どこか通じるものがありました。
立ち上げたのは、社会福祉士の戸所信貴さんです。戸所さんは、地域包 括支援センターで働く中で、高齢者の貧困や認知症などが重なり合い、制 度の網からこぼれ落ちて孤立する人たちを見てきました。「公的な支援現場 だけでは届かない現実がある」と痛感したと言います。 2019 年、戸所さん は行政を離れ‶まちのお手伝いマネージャー"として活動を始めました。電 球の交換や窓の掃除、衣替えなど、制度外の生活に必要な用件を担います。 月に 100 件以上寄せられる依頼にも対応しています。
もうひとりのキーマンが左京泰明さん。戸所さんの想いを仕組み化する相 棒です。戸所さんはかつて、運転資金を捻出するためにアルバイトをして稼 ごうと考えた時期があるそう。それでは支援の時間が減ってしまいます。そ うした課題を経営の視点から解決するのが左京さんの役割です。地域の複 数団体で笹塚十号のいえの家賃を出し合う仕組みもつくりました。就労継 続支援 B 型事業所や子ども食堂を提供するNPOなど、近隣の民間組織で 集まり、隔週で地域課題を共有しています。ひとつの団体では解決できな い課題でも、まちのどこかに解決できる人がいる。そう信じて、情報と関係 性を開いておく。そうすることで、困りごとは個人の問題ではなく、まち全 体で向き合うものへと変わっていきます。
笹塚十号のいえ 東京都渋谷区
今、本当に必要なのは 誰かを頼れる安心感
帯広の「スマイルリング」は、児童養護施設を退所した若者や、少年院 を出たあとに頼れる居場所を持たない青年たちの居場所です。児童養護施 設では原則 18 歳まで、少年院も概ね 20 歳で退所を求められます。多くの 若者は成人と同時に、住まいも人間関係も一気に失います。頼る先がない まま社会に出ることになってしまいます。代表の堀田豊稔さん自身、非行や 少年院を経験してきました。犯罪はあってはならないことですが、生育環境 の中で、「非行でしか評価されなかった」というケースがあるのも事実です。 「普通の家に生まれたかった」。堀田さんは、そう口にした若者の言葉が、 今も胸に残っているそうです。スマイルリングでは、自立援助ホームでの共 同生活や、温かな食事、就労の伴走支援を通じて、頼り先のない若者たち の実家のような機能を担っています。
一方で、居場所は必ずしも「リアルな場」だけではありません。事情が あって家から出られない人や近くに足を運びたい居場所がない人もいます。 そうした若者たちに向けて活動しているのが、オンラインを主な拠点とする 「第 3 の家族」です。代表の奥村春香さんは、身近な家族を自死で失っ た経験から、「大人になる前に死にたい」と思う若者をひとりでも減らした いと願い、この活動を立ち上げました。
10 代の若者を中心に匿名で悩みを吐き出せる掲示板「 gedokun 」や、 困りごとの解決策を共有する「 nigeruno 」を通じて同じような境遇の誰か と繋がっていきます。リアルとオンライン、それぞれの場で、居場所のかた ちは違っても、共通していたのは「ひとりにしない」こと。いつでも誰かと 繋がっていられる、誰かを頼れるという安心感の醸成こそが、制度の外側 で人を支えることの本質なのだと感じました。
毎週配信中
TABI SHIRO ~足を運んで、見て、聴いて~ |毎週日曜日配信
あいだのハナシ|毎週水曜日配信 SHIROが手掛ける、北海道砂川市の砂川パークホテル・リニ ューアルプロジェクトを題材に、さまざまな社会課題をビジネス で解決していくプロセス、「あいだ」をお見せする現在進行形 のドキュメンタリー番組。 #あいだのハナシ SHIRO ブランドプロデューサー 今井浩恵と ノンフィクションライター 泉秀一による Podcast
SHIROを語る上で欠かせない「旅」。今井浩恵が世界中を旅し て、実際に見たこと、聴いたこと、そこから得た「学び」を語り、 物事の本質に迫っていく番組。 #タビシロ ▶ noteも毎週配信 https://note.com/shiro2009
シロ財団が目指す 誰も排除されない社会
社会を良くするために、SHIRO は立ち止まり、考えました。 制度や仕組みだけでは、届きにくい現実があること。
そして、その現実のそばには、見えにくい社会課題があること。 誰も排除しない社会とは何か。
その問いから、「シロ財団」は生まれました 知る、考える、関わる。
制度で救われない課題がある シロ財団が向き合いたいこと
SHIRO は 2025 年に、一般財団法人 シロ財団を立ち上げました。民間 企業である私たちが財団を立ち上げた理由は、シンプル。 SHIRO の経営 を通じて得た利益を、社会のために役立てたいと考えたからです。お客様、 関係者の皆様に支えられて、 2009 年のブランド発足当初から SHIRO の 事業規模は拡大し、売上も着実に伸びてきました。その利益に伴い、納め る法人税の額も増えています。もちろん税金は、国や自治体を通じて社会 を支えるための大切な仕組みです。多くの人の暮らしを守る基盤として、欠 かすことのできない役割を果たしています。
一方で、私たちはさまざまな場所を訪れ、人に出会う中で、税金や国の 制度だけでは十分に行き届かない社会課題が、数多く存在していることも知 りました。家族との関係が悪く家に居場所のない若者、家の電球を変えら れない一人暮らしの高齢者、病気や発達特性のために、仕事に就きにくい 人。困っている現実はあっても、制度が追いつくまでに時間を要する課題が、 確かにあります。
そうした状況を前にして、私たちは考えるようになりました。国や自治体 が担う役割とは別に、民間企業としてできることがあるのではないか。税金 での課題解決という仕組みを補い、並走するかたちで、目の前の課題に向 き合う方法があってもいいのではないか、と。でも、社会課題に向き合う 取り組みを、ひとつの企業だけで進めていくには限界があります。時間や 視点、関われる範囲にも制約があります。だからこそ、同じ想いを持つ仲 間とともに考え、動いていくための器として、シロ財団を立ち上げました。
シロ財団基金
SHIRO Foundation Fund
支援対象
〈対象となる活動内容〉
社会において生きづらさを感じたり困ったりしている人たちにとっての居場 所をつくり提供している団体。また、彼らの生活を助けたり支えたりしてい る団体。そのうち特に、人的リソースや資金面で支援を必要としている団 体をより優先的にサポートします。
〈対象の選び方〉
助成の検討にあたり公募および活動を行う中で生まれた繋がりから、複数 回、財団メンバーとの対話を重ねる中で財団が助けになれること、助成を 通じて対象団体と一緒に目指すことを話し合い、検討していきます。
〈対象団体の地域や属性〉 ・原則、日本国内で活動する組織 ・非営利組織 ・オフライン/オンラインは問わない ・活動開始から 1 年以上経過している組織 〈対象外条件〉 ・反社会的な組織 ・活動を継続していくことを前提としていない単発的なプロジェクト ・特定の宗教や政治思想にもとづく活動を目的とした団体 ・偏見や差別を助長する活動を行っている組織
POLICY
どんな組織のため、何のために活動するのか? ・社会で生きづらさを感じたり、困ったりしている方たちにとっての居場所を つくり、運営している団体 ・誰も何も排除しない社会をつくるシロ財団の想いを共有し、社会にとって 必要で価値ある活動をしている団体のうち、活動の継続や拡大のための 支援を必要としている団体
支援とは? ・資金に限らず、寄付や資金調達に必要な発信ノウハウや人的リソースな どの組織支援も含みます。
・有期の助成が終了した後も団体が活動し続けられる状態を目指し、伴走 支援を行います。
価値観と判断軸 ・世の中をしあわせにすること ・誰ひとり排除しない ・正しさよりも、事実と受容
誰も排除しない社会をつくる そのきっかけは「知ること」から
誰も排除しない社会をつくる。
これが、シロ財団の根底に流れる想いです。ただ、この言葉は決してきれ いごとではありません。誰も排除しない社会をつくることは、簡単ではない からです。私たちの社会は、効率や合理性を重視することでこれまで豊か さを積み重ねてきました。より早く、より安く、より多く。その仕組みは、多 くの人に便利さや快適さをもたらしてきた一方で、その流れに乗りづらい人 を生んできたのも事実です。
誰かを排除しようとして、排除しているわけではありません。多くの場合、 それは無意識のうちに起きています。「大変そう」「関わり方が分からない」 「自分には関係がない」。そんなイメージや距離感が積み重なり、気づか ないうちに遠ざけてしまっている。悪意はなくても、結果として誰かが社会 の外側に追いやられてしまうことがあります。さまざまな場所を訪れ、人に 出会う中で、そうした現実を目にしてきました。困りごとを抱えていても声を 上げられない人。助けを求める方法を知らない人。あるいは、自分が困っ ていることにさえ気づけていない人。排除は、目に見える形だけで起きて いるわけではありません。
だからこそ、私たちはまず「知ること」が大切だと考えています。どんな 人が、どんな背景で、どんな日常を生きているのか。知ることで、これまで 見えていなかった現実が浮かび上がってきます。そして、知ったことを社会 に開き、伝えていくこと。その積み重ねが、無意識の距離を少しずつ縮め ていくのだと思います。
関わろうとする試行錯誤が 社会を良くするための道筋
「誰も排除しない社会」とは、すべてを完璧に包み込む社会ではありませ ん。見えにくかった存在に光を当て、遠ざけてきた現実と向き合い続ける 社会なのだと思います。シロ財団は、社会を良くする活動をしている団体と 一緒になって、その輪を広げていきます。理念や活動に共感した団体に資 金を提供する、いわゆる財団としての役割は、私たちの活動の出発点です。 NPO や NGO は、資金と同じくらい、あるいはそれ以上に、人や知恵、時 間が足りていないからです。現場には課題が山積していますが、それらは 必ずしもお金だけで解決できるものではありません。
シロ財団には、視覚化や場づくりを強みとするデザイナーや資金やスケジ ュール管理を現実的に設計できるプロジェクトマネージャー、現場での実 務経験を重ねてきた NPO 法人の代表など、多様なメンバーが集っています。 私たちは、支援先の団体が抱えている課題に応じて、こうした知見やスキ ルを持ち寄りながら、一緒に考えていきます。正解を示すのではなく、問 いを共有し、課題の解決策を探していく。その試行錯誤の時間そのものが、 “誰も排除しない社会”への道筋なのだと思うのです。
この活動は、短い時間で成果が見えるものではありません。遠回りに見 える一歩が、後になって大きな意味を持つこともあります。だからこそ、急 がず、丁寧に関わり続けることを大切にしたい。見えにくい現実に光を当て、 誰かの声に耳を傾け、その事実を社会に開いていく。その積み重ねが、社 会の温度を少しずつ変えていくと信じています。シロ財団は、そうした歩み のきっかけのひとつになる存在として、これから活動を続けていきます。
すでに起きている変化と SHIR O が見据える未来
2023 年の終わりにSHIRO が表明した 100年後の未来を想定し 社会を循環させるための 「15 年目宣言」 さまざまな工夫を凝らしてきた取り組みを 数字で振り返ります。
INGREDIENT FRAGRANCE
使用した自然素材 SHIROの素材選びは、本 来廃棄されるはずだったものや規格外のもの に価値を見出し恵みに変え、循環をつくりだ すこと。 SHIRO が今までに使用した自然素材 ゆず、ヨモギ、白樺、日高昆布など これ らの総量は 53.1t ※1。日本各地の生産者から託さ れた想いと素材の力を引きだし生み出された 337 品の製品。気候変動で年々環境の変化が 起きていると生産者からお聞きします。SHIRO は変わらず「すでにそこにあるもの」から生み 出し、社会を良くしていくことを続けていきます。 53 .1t
※ 1 | 素材総量は、2014年~2025年の累計から算出しています。
10,806 本
回収したリユースボトルの累計 SHIROでは、 使用済みガラス容器を回収し、リユースするこ とに取り組んでいます。2025 年は4,533 本を 回収しました。2024年から累計10,806本の使 用済みガラス容器を回収して、そのうち6,826 本を再利用して、限定フレグランスとして生ま れ変わらせました。リユースが日常になる未来 を目指し、今後も使用済みガラス容器の回収 を続けます。
83.2 %
香料のレスキュー率 IFRA(国際香粧品香料 協会)の規制変更に伴う製品リニューアルなど が理由で、香料が倉庫に残っていました。思 い描いた香りをつくるため、新たに香料を購 入するのではなく、すでに手元にある香料を 使って、唯一無二の香りをつくる。「ZERO COLLECTION 」はそんな想いから誕生しま した。工場で余っていた香料の83.2%を利用 でき、この 2 年で516,364 本 ※2 の新たなフレ グランスが誕生しました。
※ 2 | 2024 年、2025年発売の累計から算出しています。
UNIFORM
48.5 %
制服のリユース率 SHIROでは、汚れやシミ がついた廃棄予定の制服を染め直してリユー スがスタートしました。2025 年は268枚の制 服をリユース。ミナモア広島店では「藍屋テロ ワール」に依頼して藍染めで、渋谷PARCO 店では「野口染舗」に依頼してヨモギや白樺 の廃液などの天然素材を使って草木染めして います。ひとつとして同じ色を持たない世界に 1 枚だけの制服として生まれ変わりました。
# リユースプロジェクト
BOTTLE
81.3 %
容器のレスキュー率 廃番などの理由により使 えなくなってしまった未使用容器854,286本※3 が倉庫に眠っていました。2024年からの2年 間で「ZERO COLLECTION」や、「みんな の工場」の「ブレンダーラボ」※4にて、81.3% を使用。使われなくなった資源を活かしたいと いう想いを、容器の形状はそのままに、目的 を変えて製品にすることができました。
※3 | 2023 年12 月末までの余剰数量累計を算出しています。
※4 | ブレンダーラボとは、みんなの工場内にあり、自分で香りをブレンドす るものづくり体験ができる場所。世界にひとつの自分だけの香り「マイ フレグランス」がつくれます。
# SHIRO リユースプロジェクト #社会とのつながり #廃棄物ゼロ #廃棄物ゼロ
約 30 億円
29.4億 北海道 砂川市 2021–2,900万 北海道 足寄町 2023–3,100万 北海道 栗山町 2023–276万 北海道 愛別町※5 2025–189万 徳島県 那賀町※5 2025–HOMETOWN TAX REUSE BOTTLE
ふるさと納税 創業の地である砂川市に始ま り、2025 年までに素材の生産地である5 つの 自治体と連携。集まった寄附金が、SHIROに とって大切な地域に役立てられています。
※ 5 | 北海道愛別町及び徳島県那賀町は、2025年12月からの数値算出
TRACEABILITY LOCAL WOOD
COMPOST
69.5 % 57.6 % 100 %
森林資源の循環利用率 地域社会に根ざし、 循環型の施設を目指すため、すべてを開いた「み んなの工場」。その敷地内に森のことを大切に想 う人たちが手がけたレストラン「MORISHIRO」。 シンボリックな円形の建物のうち木造部分63.17 ㎡に北海道産のカラマツを使用。家具にはイ タヤカエデ、バックルームにはトドマツなどが 使われています。どれも森の持続性に配慮し た活動をする木こりから直接購入し、どこから 来た木材か分かるものばかりです。
#トレーサビリティ #森の循環
地産地食率※6
木こりが森を適切に管理する上 で生じる間伐材を使った薪火で調理する料理。 食材 33 品目のうち19 品目が道産を使用してい ます。また、つくり手が自ら森に入り採取する植 物や SHIRO の製品で使用している自然素材、 「シロ農園」で収穫を終えた茎や葉などを使い、 余すことなく恵みを活かす自家製調味料をつく っています。壁一面に色とりどりに並ぶ 25 種 の調味料は季節のお料理とともに提供します。
|地産地食とは、地域で生産された農林水産物を、同じ地域内でいただくと いう考え方
生ゴミリサイクル率 MORISHIRO やみんな の工場内にある「 SHIRO CAFE 」の調理場、 製造の工程で発生する生ゴミは、施設内のコ ンポストで堆肥にしています。堆肥はみんなの 工場内にあるシロ農園で使われ、昨年は 21 種 を超える野菜を収穫しました。春からはコース 料理にも少しずつ彩りを添えていきます。
72.9% SHOP SEED
アップサイクル資材使用率 2023 年から取 り組んでいる“捨てない、新たにつくり出さな いお店づくり”。できる限りバージン材を使わ ずに、その土地にある資源を使ってお店づく りをしています。2025 年 12 月に韓国の THE HYUNDAI SEOULで実施したポップアップス トアは、“借りて返す、そして捨てない”とい う考え方でつくりました。全什器15.4 ㎡のうち 72.9% の資材を再活用し、新規でつくったロゴ サインなどは、次のお店で活用します。
#廃棄物ゼロ
WORK ENVIRONMENT
EARLY WEEKEND
週休 2.5 日
20代 58.4%
キャリア選択制度 多様性を尊重し、自由な キャリアを選択できる環境づくりをしていま す。「定年退職制度の撤廃」と新たな採用 方法「シニア採用」を導入。スタートから 3 年、現在 20人が在籍。従業員が年齢にとら われずに自身の将来を自由に考えキャリア を追求できる体制をつくり、個々の能力や可 能性の最大化を目指しています。
働き方改革 株式会社シロでは2026 年 4月 から週休 2.5日制をスタートさせます。1 日 9 時 間勤務することで、週休 2.5日を実現。月の労 働時間数も、給与も変わりません。効率的に 時間を使う挑戦です。この制度によって各スタ ッフが自由に過ごせる時間を増やし、社会へ 目を向けることを目的としています。それらの 時間で学び、体験した経験を会社や社会に新 しい価値として循環させるための一歩です。
たねプロジェクト 創業の地、北海道砂川市 にあるみんなの工場で2021 年から取り組んで いる「たねプロジェクト」。砂川市の在来植物 を守り育てていくプロジェクトです。ワークショ ップに参加いただいた皆様と森に入り、在来 種の種を拾い、苗を育て、成長したら植樹する。 木の実が大凶作だった2025 年に採取できた 種は、わずか 10 粒ほど。しかし、4 年続けて 育ったポットの苗がそろそろ植樹できる時期に。 春に400 本の苗を工場内に植樹予定。50 年 後、育った木で誰かの家具をつくる。そんな 生態系を未来に残す“森の循環”を願った取 り組みです。
#たねプロジェクト
採取した種
3,610 粒
発芽した苗
1,550 株
植樹予定の苗
400 本
SHOP LIST
北海道
SHIRO 砂川本店 北海道砂川市豊沼町 54-1 みんなの工場内
SHIRO 札幌ステラプレイス店
関東
SHIRO 表参道本店
SHIRO BEAUTY 表参道本店
SHIRO ルミネエスト新宿店
SHIRO 伊勢丹新宿店
SHIRO 丸ビル店
SHIRO 銀座三越店
SHIRO 渋谷 PARCO店
北海道札幌市中央区北 5 条西 2-5 JR タワー 札幌ステラプレイス センター B1F
東京都渋谷区神宮前 5-2-7 2F
東京都渋谷区神宮前 5-2-7 B1F
東京都新宿区新宿 3-38-1 ルミネエスト新宿 B1F
東京都新宿区新宿 3-14-1 伊勢丹新宿店本館 1 階=イセタン ビューティー コスメティックス
東京都千代田区丸の内 2-4-1 丸ビル B1F
東京都中央区銀座 4-6-16 銀座三越 地下 1 階 ギンザコスメワールド
東京都渋谷区宇田川町 15-1 渋谷PARCO 1F
SHIRO +Q(プラスク)ビューティー 東京都渋谷区渋谷 2-24-12 渋谷スクランブルスクエア
渋谷スクランブルスクエア店 ショップ&レストラン 6 階
SHIRO 渋谷ヒカリエ ShinQs 店 東京都渋谷区渋谷 2-21-1 渋谷ヒカリエ ShinQs 1F
SHIRO ルミネ池袋店 東京都豊島区西池袋 1-11-1 ルミネ池袋 B1F
SHIRO 玉川髙島屋 S C 店 東京都世田谷区玉川 3-17-1 玉川髙島屋 S C 南館 1F
SHIRO ルミネ北千住店 東京都足立区千住旭町 42-2 ルミネ北千住 3F
SHIRO ルミネ横浜店 神奈川県横浜市西区高島 2-16-1 ルミネ横浜 1F
SHIRO ルミネ大宮店 埼玉県さいたま市大宮区錦町 630 番地 ルミネ大宮店 ルミネ 2 3F
SHIRO/TIAT DUTY FREE BEAUTY 東京都大田区羽田空港 3-4-2 第 2ターミナル 3 階 国際線出国エリア内 中部
SHIRO タカシマヤ ゲートタワーモール店 愛知県名古屋市中村区名駅 1-1-3 タカシマヤ ゲートタワーモール 6F
SHIRO ジェイアール名古屋タカシマヤ店 愛知県名古屋市中村区名駅 1-1-4 ジェイアール名古屋タカシマヤ
編集長:今井浩恵
Editor in Chief: Hiroe Imai クリエイティブ・ディレクター
Creative Director & Cover Photograph: Shin Sasaki
発行:株式会社シロ お問い合わせ TEL: 0120-275-606
MAIL: info@shiro-shiro.jp
ライター:泉秀一 Writer: Hidekazu Izumi
発行人:福永敬弘
近畿
SHIRO 大丸京都店 京都府京都市下京区四条通高倉西入立売西町 79 大丸京都店 1F
SHIRO ルクア イーレ店
大阪府大阪市北区梅田 3-1-3 ルクア イーレ 2F
SHIRO 阪急うめだ店 大阪府大阪市北区角田町 8-7 阪急うめだ本店 3F HANKYU BEAUTY
SHIRO 大丸心斎橋店 大阪府大阪市中央区心斎橋筋 1-7-1 大丸心斎橋店本館 1F
SHIRO 大阪タカシマヤ店
大阪府大阪市中央区難波 5-1-5 髙島屋 大阪店 1 階化粧品売場
SHIRO 大丸神戸店 兵庫県神戸市中央区明石町 40 番地 大丸神戸店 本館 1F 化粧品
中国・四国
SHIRO ミナモア広島店
九州
SHIRO 岩田屋店
広島県広島市南区松原町 2-37 ミナモア 2F東
福岡県福岡市中央区天神 2-5-35 岩田屋本店 本館 1 階=化粧品
SHIRO 博多阪急店 福岡県福岡市博多区博多駅中央街 1-1 博多阪急 1F 化粧品
Taiwan
SHIRO 新光三越台北信義新天地 A11 店 台灣台北市信義區松壽路 11 號 1 樓
South Korea
SHIRO Seongsu 57, Yeonmujang-gil, Seongdong-gu, Seoul, Korea
SHIRO LOTTE WORLD MALL 1F, 300, Olympic-ro, Songpa-gu, Seoul, Korea
UK
SHIRO Monmouth Street Ground Floor, 63 Monmouth Street, London, UK
Publisher: Takahiro Fukunaga
グラフィックデザイナー:石田愛実(3KG
Graphic Designer: Manami Ishida
編集:菅野幸子
Editor: Sachiko Sugano
編集:河合裕子 Editor: Yuko Kawai
編集コミュニケーター:イ・ジナ
Editorial Communicator: Jina Lee 翻訳・校閲:ソ・ハナ
Translator & Proofreading: Hana Seo
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