PAPER
5 Issue July 2025
YOMOGI / SHIRAKABA
ヨモギと白樺、北海道の森から 自然の力をそのままに
TOMA HOKKAIDO
GIFU MEDIA COSMOS 2 6 10
旬シリーズから定番へ ヨモギシリーズを支える生産者に 会いに行きました
みんなの居場所はどうつくる? 場づくりのヒントを求めて


2025 年夏の新作 北海道の森から届いた ヨモギと白樺
北海道の森からの特別な贈りもの。
みずみずしく香り高いヨモギは愛別町から、 清涼感あふれる白樺は北海道大学雨龍研究林から。
これまで森の中で見過ごされてきた素材が、
心地よく毎日を満たすアイテムへと生まれ変わりました。
Photographs: KEITA SAWA
Text: SHINTARO KUZUHARA

森を歩き、人と出会い、 製品をつくる
SHIRO はこの数年、森が生み出す自然素材に着目してきました。森とい えばまっ先に樹木が思い浮かびますよね。でも、それだけではありません。 足元には微生物や昆虫が暮らす土があり、そこには、小さな苔から樹齢が 何百年にもなる大木まで、大きさも種類もさまざまな植物が根を張っています。 そして果実や種、花を求めて動物たちが集まります。私たちはこうした森の 多様性や循環に強い関心があります。だからこそ、森を歩き、木や土に触れ、 匂いを嗅ぐことを大切にしているのです。
もうひとつ欠かせない要素があります。それは森で働く専門家たちとの出 会いです。例えば森を調査する研究者たち。あるいは、里山で農業を営む 生産者。森の動物たちを狩る猟師。丸太を運ぶための道を整備して、丁寧 に間伐し森を育てる木こりたち。彼らは皆、森を知り、愛し、楽しんでいます。 そして、森の生態系を守るためには、自分たちの暮らしを見直す必要がある と実感しています。私たちは専門家とともに森を歩き、森を学び、どうしたら 森を活かしながら“毎日使いたいと思える製品”がつくれるかを考え続けて います。
今回 SHIRO PAPER 編集部が歩いたのは、北海道愛別町の森、そして 北海道大学の雨龍研究林です。ここでも、森を日々見つめ、より豊かで持続 可能な未来を考えている人たちが活動しています。愛別町で農業と林業を営 む福山寛人さんは、若い林業家のグループ「北の山 やま 子 ご 団」を率い、植林さ れたトドマツやエゾマツの管理を通じて健やかな森の育成を目指しています。 北海道大学の雨龍研究林では、研究者たちが北方の森の可能性を研究して います。森の現場で課題に向き合う専門家たちとのコミュニケーションを通じ て、SHIRO は、お客様にとって安心・安全であるだけでなく、環境負荷の 少ない製品をつくることを実現しています。
あるべき未来
自分が毎日使いたいもの どちらも諦めない
森を知れば知るほど、丸太を中心に組み立てられた林業の仕組みの中で 見逃されている素材がたくさんあることが見えてきます。例えば、北海道大 学の雨龍研究林では、森の密度管理のために年間約 18,000 ~ 19,000 本 の白樺の幼木が間引かれています。これらは、森の環境を良くするために必 要な作業ですが、間引かれた幼木はこれまで有効活用されていませんでした。 また、愛別町の森では、植樹したトドマツやエゾマツの幼木に日光が当たる ように、周囲のヨモギや笹が刈られています。刈られたヨモギはそのまま放 置され、やがて土に還っていました。
どちらも森を健全に育てるために必要な作業をすると生まれる「森の副産 物」です。そしてSHIRO にとっては貴重な自然素材なのです。豊かな森が 育んだ素材は、香りの強さや栄養の豊富さに優れ、さまざまな製品への可能 性を秘めています。素材を集めるために伐採するのではなく、伐採されたも のから何がつくれるかを考える。SHIRO は、自分たちが毎日使いたい製品 をつくることと、森の未来を守ることの両立を目指しています。

旬シリーズから定番へ
その意味と価値
2024 年、「旬シリーズ」として『ヨモギオイルインウォーター』を数量限 定で発売しました。ヨモギのオイルと蒸留水というシンプルな処方で、ヨモギ の新鮮な香りや潤いをそのまま閉じ込めた製品です。ヨモギの良さをまっす ぐに活かせたことは、私たちにとって嬉しい驚きでしたし、お客様からは予想 を超える大きな反響をいただきました。
この手応えを受け、海と畑に続き、森で取れる素材としては初めて、ヨモ ギを定番化することを検討し始めました。定番化するということは、素材の調 達量が大幅に増えるということ。旬シリーズのときと比較すると、使用する素 材の量は 30 倍以上になります。植樹した木を育てる際に雑草として刈り取ら れ、これまで有効活用されていなかったヨモギに新しい価値を見出せたこと は、私たちにとって大きな誇りです。
森を注意深く観察して、誰かにとって不要なものが、私たちにとってどんな 価値があるかを考えて、使う人の毎日を心地良くする製品をつくる。このサイ クルがうまく回れば、森も人も、持続可能で豊かな未来に繋がっていくはず。 ヨモギシリーズを通じて、そんな「未来への繋がり」を感じていただけたら 嬉しいです。

私たちとヨモギとの出会い
昔から万能薬として人々の暮らしを支えてきたヨモギに、SHIROはその前 身であるLAURELの時代から注目してきました。最初の取り組みは、北海道 産ヨモギを使った「sozai LAUREL」。創業地である北海道砂川市の和菓子メ ーカー「吉川食品」のよもぎ餅のおいしさから「生のまま、スキンケアにも 活かせるのでは?」と考えました。吉川食品から北海道中川町でよもぎを生 産する企業をご紹介いただき、生のヨモギを使った製品開発に取り組みます。 その結果、食用ヨモギの鮮度を保ちながら加工することで、素材本来のみず みずしさと豊かな香りを活かした製品が完成しました。
加えて、ヨモギを加工する際の副産物にも目を向けました。ヨモギを茹で る過程で発生する蒸気には、本来なら空気中に消えてしまうヨモギの貴重な 成分が含まれています。その蒸気を丁寧に集め、蒸留水としてフェイスマス クや化粧水に活用しました。これにより、より繊細な香りや肌にやさしい使用 感を実現しています。自然素材への敬意、副産物をも無駄なく活用するとい うSHIROの哲学は、LAUREL時代から変わらずに受け継がれています。


森を知るほどに、 ものづくりが進化する
SHIRO の森の素材活用は、 2022 年 7月に旬シリーズとして登場した『白 樺フェイスミスト』から始まりました。その後、落ち葉や木の実など自然が つくり出す素材を用いた『フレグランスポプリ』など、素材の幅もカテゴリ ーも広がり続けています。
それは、素材と向き合う企画チームと研究開発チームの粘り強さがあってこ そ。まずブランドプロデューサーの今井浩恵が森を歩き、林業者や研究者と 話し、魅力的な素材を探します。そして、製品化のアイデアと共に研究開発 チームに素材が手渡され、試行錯誤が始まります。葉をそのまま蒸留するのか、 オイルに浸して成分を抽出するのか。ときには実際に口にして味や香りを確 かめるなど、五感をフルに使って素材の特性を研究し、素材が持つ力を最大 限引き出す方法を模索しながら、試作が繰り返されます。
研究開発チームがつくった試作品は企画チームへ。企画チームは試作品を 実際に使用し、肌触りや香り、効果を確認して、研究開発チームにフィードバ ックします。このようなやりとりを何度も重ねながら、製品が完成へと近づい ていくのです。
こうした製品開発の過程で、私たちは森の素材や森そのものへの理解を深 めています。そして、スキンケアアイテムとしてスタートした森の素材の活用は、 森の恵みをそのまま身体に取り込むような製品づくりへと発展しています。白 樺フェイスミストは、処方の見直しを続け、素材の魅力を最大限引き出すこと に挑戦しています。また、北海道長沼町にある一棟貸し宿泊施設「MAISON SHIRO (メゾンシロ)」に蒸留設備を備えた「シロラボラトリー」を設置した ことで、収穫後に新鮮なまま蒸留することができるようになりました。
新しい森の素材探しは続いています。例えば、北海道北竜町のクマ笹を分 けていただき、今年はインナーケア製品のドライパウダーを発売しました。さ らに、愛別町の楓(メープル)の樹液を使ったスキンケア製品も検討しまし たが、香りや使用感が十分でなく、必要量も確保できなかったため断念しま した。これからも森を歩き、さまざまな可能性を模索していきます。
ヨモギフェイスミスト 120mL / ヨモギオイルインウォーター 120mL ヨモギクレンジングオイル 150mL / ヨモギフェイスクリーム 50g
2011 2022 2024 SHIROとヨモギの物語

2011年、SHIROの前身「LAUREL」は、北海道砂川市の吉 川食品と協力し「sozai LAUREL」として北海道産ヨモギを活 用したスキンケアラインをスタートしました。ヨモギを茹でると きに出る蒸気を冷却し、蒸留水としてフェイスマスクや化粧水 に。よもぎ餅用のヨモギペーストをバスパックやスクラブ、石 けんに用いました。自然素材の可能性を模索する姿勢は、今 のSHIROと変わりません。 ヨモギとの出会い
生産者との出会い

「SHIRO」へとリブランディング後、「オイルコレクション」全 8 種の一つとして2022年に『ヨモギオイル』を発売しました。兵 庫県赤穂郡上郡町のフレッシュファーム奥本さんが栽培したヨ モギを使用しています。「アトピーや食育で悩んでいる方にも 安心安全な食材を届けたい」という想いで栽培された無農薬 のヨモギをじっくり乾燥させ、オリーブ果実油に漬け込んでエ キスを抽出しました。また、2023年のホリデーシーズンには、 ヨモギフェイスクリームを現代的に再構築し復活させました。

2024年に登場したのが、季節の素材を楽しむ「旬シリーズ」 としての『ヨモギオイルインウォーター』でした。森への関心を 高めるSHIROがその過程で出会った、愛別町の福山寛人さん の協力のもと、トドマツやエゾマツ林の下草として繁茂し、下 刈りで放置されるはずだった自生したエゾヨモギを有効活用し ています。発売は数量限定でしたが、即日完売する店舗もあっ たほどの人気製品となり、ヨモギシリーズの定番化を決定づけ ました。 森との出会い

白樺とSHIRO の これまでの 4 年間と これから続く未来
SHIRO は2022 年から毎年、 旬シリーズとして「白樺」を展開しています。
今年で 4 年目を迎えるこのシリーズは、 年々使用する素材や採取する地域、 そして製品の幅を広げています。
SASAKI
Photographs:SHIN
SHINTARO KUZUHARA
Text:
白樺の樹液は春先のほんの数週間しか採取できない、とても貴重な素材 です。SHIROでは毎年、白樺のどの部分をどのように活用するかを考え抜き、 その魅力を最大限に活かせるように製品を進化させてきました。
白樺フェイスミスト 2025
※今年の「白樺フェイスミスト」は、容 器にラベルが巻かれた仕様での販売と なります。

私たちにとって初めての白樺をメインとした製品は、北海道江丹別の白樺 の樹液と若葉のエキスからつくられたフェイスミストでした。フェイスミストの 製品化のために「森のワークショップ」を開催。日頃より製品をご愛用いた だいている 12 名のお客様と一緒に江丹別の山に入り、若葉を摘み取りました。 翌年には美容液が誕生し、フェイスミストは化粧水として登場。2024 年には 長沼町に「MAISON SHIRO 」がオープンし、併設されているシロラボラトリ ーでの蒸留もスタート。旬の白樺のありのままの魅力をお届けするため、愛 別町の白樺の若葉や小枝を“生”のまま蒸留したフェイスミストが誕生しました。
4 年目の今年は、白樺の樹液と若葉の蒸留水をベースにしたフェイスミスト を企画中です。また、豊富な栄養が含まれている樹皮をエキスにして加えて みたところ、より潤いを感じられる仕上がりになりました。現在、森づくりへ の貢献と樹皮の必要量確保が両立できるかなど、さまざまな観点から今年の 製品の処方を検討しています。
こうしたものづくりの過程で、北海道の森で未来に繋がる森づくりを実践 する林業家などに出会い、より多くの木材を提供していただくことが可能に なりました。それらはSHIRO の製品だけでなく、みんなの工場や、MAISON SHIRO 、砂川パークホテルの場づくりにも使われ、 SHIRO の今を表現する ために欠かせない要素になっています。寒冷な地域に凛と佇む白樺の美しさ に触れながら、森を愛する人々と出会い、協力を深めていく。その過程一つ ひとつに SHIRO らしさが宿っています。

森・まち・暮らし さまざまな境界線を超えて SHIRO ヨモギシリーズが 生まれた場所
林業、農業、狩猟── 。 自然の中でさまざまな営みを 垣根なく広げるお二人と出会ったからこそ実現した、 ヨモギを使ったスキンケア製品の定番化。
SHIRO のお客様にもこのお二人のことを ぜひご紹介したいと思い、 愛別町の森でお話を伺いました。
Photographs: KEITA SAWA
Text: SHINTARO KUZUHARA
収穫するように、森と向き合う
札幌から車を走らせること 2 時間半。旭川市を過ぎ、さらに北東へと進 むと、福山さんが管理する愛別町の森が見えてきました。 5 月初旬の北海 道はやっと雪解けを迎えた時期。長い冬が終わり、草花や山菜が一斉に芽 を出し始めている様子を観察しながら、少しずつ森の中ほどに向かっていき ます。森の中を流れる小川も、一番水量の多い時期。長靴越しに水の冷た さを感じながら川を歩いて渡り、さらに奥へと進んでいきます。
「この森に並ぶ木も、畑に並ぶ野菜たちも、 構造としては一緒なんですよ。
土に根を張って、光を浴びて育つ。
寿命の長さこそ違っても、命の仕組みは変わらない」
福山さんは農業と林業を区別せず、ひとつながりの営みとして捉えてい ます。それぞれの営みを行き来するお二人だからこそ、森の管理において は「邪魔者」であるヨモギを「収穫物」として丁寧に扱い、私たちに届け てくれます。刈ったばかりの新鮮さを保ったまま届くヨモギがあったからこ そ、ヨモギの定番化が実現しました。
林業・農業・狩猟・地域 繋がる暮らし
福山さん夫妻の暮らしは、林業、農業、狩猟が垣根なく繋がっています。 札幌の大学で同級生として出会ったというお二人の人生。卒業後はそれぞれ の道を歩みますが、数年後に再び交差します。
福山さんは林業と農業を専門にしています。元々、札幌でアパレル業界で 働いていた福山さん。バックカントリースノーボード好きが高じて、雪山が近 い当麻町に移住することを決めました。そこで森に関わる仕事に就き、趣味 だけではなく仕事でも森に関わり始めます。林業の知識と技能を身に着けた 福山さんは、自分が理想とする「本来あるべき森の姿」を維持する森の管理 を実現すべく独立しました。
萌子さんの専門は狩猟と農業です。大学卒業後、札幌で就職した萌子さん。 シングルマザーになったことを機に、看護師資格を取得するため、旭川市内 の大学に入学します。在学中に福山さんと再会し、結婚。一時休学して、出 産。大学を卒業した同じ年には狩猟免許も取得し、看護師と猟師の二足のわ らじを履いた生活が始まりました。ウィンタースポーツに夢中だった福山さん から、冬のアクティビティとして狩りを勧められたことが、萌子さんが猟師に なったきっかけだといいます。「食材を獲りに行く」感覚で始めた狩猟でした が、やがて地域の農家から鹿害の深刻さを聞き、鹿の駆除という社会的な役 割を引き受けるようになりました。また、鹿肉を食べるときに美味しいハーブ が欠かせないと、農家である実家の畑の一角を借りるうちに、畑仕事を手伝 うようになりました。今ではすっかり本業のひとつになり、福山さんとともに 農業を手伝っています。
畑で野菜を育て、森で鹿や熊を狩る。福山家の食卓のほとんどは自分た ちで直接手に入れたものばかり。森の可能性を最大限に活かして暮らすお二 人に、私たちは強く共感し、ものづくりを共にしていく中でさまざまなアイデ アが生まれています。もうひとつ、私たちが福山さんに共感するのは、その 視野の広さです。福山さんは、木そのものだけでなく、森全体や地域の生態 系にまで目を向けています。例えば、森の中で倒木を片付けるときも、持ち 上げて虫の住処になっていれば、そのまま残す。そこには、人間の都合だけ でなく、森に暮らすあらゆる生き物たちへの配慮があります。また、ヨモギ を収穫するときも、自分の森だけでなく、他の人が管理する周辺の森でも収 穫を検討しています。そうすることで、地域全体に利益が循環する仕組みを、 自然に生み出そうとしているのです。


福山寛人・萌子
Hiroto & Moeko Fukuyama 北海道で林業、農業、狩猟にまたがる暮らしを営む夫妻。札幌 市出身の寛人さんは、2017 年に森林と市民を繋ぐ特定非営利活 動法人「もりいく団」を設立し、森林環境の保全・再生に重き をおいた森林づくりに乗り出す。2021 年には愛別町に拠点を移 し、自身の農林業を事業化する「福山農林合同会社」を立ち上 げた。以来、夫妻で畑を耕し森を育て、山の恵みと真 に向き 合う日々を送っている。
整える手と、壊す手
福山さんにとって森の手入れとは、森を「治す」こと。森が本来持つ力を 信じて、回復をそっと手助けすることだといいます。私たちSHIROも、これま でさまざまな森を訪れ、必要以上に人が手を加えることがなく自然に近づこう としている森には、独特の心地良さを感じてきました。自然はそのままで素晴 らしい̶̶製品づくりをしていても、いつもそう実感します。素材のありのま まの良さを引き出し、無理に手を加えず活かしていくこと。SHIROが大切にし ている姿勢とも通じています。
そんな話をした後、私たちは福山さんの畑にも立ち寄りました。ここでは、 有機農業で少数多品目の野菜やハーブが育てられています。どの作物も美し い緑が際立ち、手を加えることを必要最小限にし、自然の力で育てられてい ることが伝わってきます。ところが、畑の隣の土地に視線を移すと皆伐され、 がらんと開けた一角が目に入りました。かつて森だった場所が、ほぼすべて の木を伐採され、丸裸の土地になっていたのです。これから人工的に木が植 えられ、管理されていくのだと聞きました。
自然が本来持つ力を引き出すようにそっと手を添える、福山さんの森の手 入れとは対照的に、人の都合で自然がすっかり塗り替えられてしまった土地。 森に寄り添い、自然の声に耳をすませながら、人と自然が共に生きる道を模 索する。そんな福山さんたちの姿を見てきたからこそ、その光景の寒々しさと 虚しさが深く心に刻まれました。私たち SHIROにできること、やらなければな らないことは、まだまだある。そう感じずにはいられない取材となりました。


居場所と想いがまちを変える 岐阜の複合文化施設 “メディコス”を訪ねました
SHIRO は今、ブランドが誕生した北海道の砂川市で、 砂川パークホテルを“みんなの居場所”に リニューアルするプロジェクトを進めています。
国内外の施設を参考にする中、岐阜市の複合文化施設 「みんなの森 ぎふメディアコスモス」 に出会いました。
“メディコス”に人が集まり、岐阜市に笑顔があふれる秘密とは。
Photographs: SHIN SASAKI
Text: HIDEKAZU IZUMI

話しても怒られない
子どもの居場所になる図書館
目の前に広がっていたのは、いつかSHIROが北海道で実現したい景色で した。学校の授業が終わり、制服を着た学生たちがまちにあふれ出す夕方 になると、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」は賑やかさを増します。図書 館、市民活動交流センター、多文化交流プラザ、ホール・展示ギャラリーな どからなるこの複合文化施設は、岐阜のまちでは「メディコス」と呼ばれて 親しまれています。複合文化施設という文字を見ると少し堅苦しさを覚えます が、メディコスの中はとにかく自由。赤ちゃんの泣き声で怒られたり、「おし ゃべりしないで」と注意されたりすることもありません。
SHIRO PAPER 編集部が訪れたときは、学生たちで賑わっていました。図 書館スペースの 2 階では、高校生の男の子たちが勉強を教え合っています。 一般的な図書館では私語をすると怒られてしまいますが、メディコスの図書 館では、声をひそめる必要はありません。椅子とテーブルが並んだ 1 階のオ ープンスペースでは、施設内のコンビニでおにぎりやお菓子、ジュースを買 い込んだ中学生の女の子たちが、宿題と格闘中。そんな学生たちが、テー ブルを埋め尽くしていました。
学生のほかにも、オープンスペースでは大人たちがコーヒーを片手に談笑 したり、図書館の一人用の椅子に座って高齢者がじっと本を読み込んでいた りする姿が目に入ります。老若男女、国籍も問わず、目的がある人も、目的 がない人も、「ここは自分がいて良い場所だ」と思える。日本にはたくさん の建物がありますが、施設ごとに目的が決められていて、自由な空間はほと んどありません。SHIROは自由で温かい「みんなの居場所」をつくりたくて、 メディコス内を歩きながらヒントを探りました。


本当の居場所は 空間ではなく「関係のかたち」
2 階の図書館エリアを歩いていると、小さな白い紙が何枚も貼られている 掲示板に遭遇しました。「心の叫びを聞け!YA 交流掲示板」と書かれたその 掲示板は、子どもたちと図書館の司書を繋ぐ交流の場です。大人になりつつ ある13 歳から19 歳までの“ヤングアダルト(YA)世代”と呼ばれる中高生が 日々の悩みをカードに書いてポストすると、必ず司書が返事を書いて、掲示 板に貼り回答をしてくれます。友達に裏切られたこと、将来の進路で悩んで いること、好きな人に想いを伝えられないこと……。そうした子どもたちの等 身大の悩みと、それに丁寧に答える司書の温かいやり取りを見て、SHIRO PAPER編集部のメンバーの表情から自然に笑顔がこぼれます。「YA 交流掲示 板」は、居場所が単純な空間だけではなく、人と人の心が通いあうことでつく られる「関係のかたち」であることを教えてくれます。YA 交流掲示板について、 メディコスの総合プロデューサーを務めた吉成信夫さんが教えてくれました。 「グリーンさんという仮名でウィットに富んだ回答をしていた司書さんが産休 に入った時期がありました。すると、グリーンさんロスです、という投書が子 どもたちから30 通くらい来た。その反応を見て、子どもたちの心の居場所に なっていることを実感しました」
こうした交流を生む仕掛けが、メディコスには散りばめられています。例え ば、1 階のオープンスペースでは、外国にルーツを持つ方のための日本語講 座が開かれています。SHIRO のブランドプロデューサーの今井は、地域の高 齢者が日本語を教えていた姿を忘れられません。仕事や肩書きではなく、市 民同士が純粋に繋がる関係性の積み重ねこそが、まちの文化をつくっていく のです。
意識が変わる、想いが乗る 建築物が「体温」を帯びる
どんな素晴らしい施設も、建物だけでは完結しません。そこに関わる人 たちの想いが乗ることで「体温」を帯びるものです。吉成さんの話を聞くと、 メディコスの開館当初は戸惑いの声が大きかったそうです。開館したのは 2015 年 7 月。JR 岐阜駅から北に約 2 キロの場所に位置していた岐阜大学医 学部、附属病院の移転が決まり、その跡地を活用した再開発事業としてスタ ートしました。目的がなくても訪れられる滞在型の施設にすること、また市民 の交流を促すことがコンセプト。それを実現するためには、従来の公共施設 や図書館のルールから離れる必要がありました。
例えば、メディコスの図書館は壁や仕切りがなく、低い本棚が並んでいる ため、大人が顔を上げれば全体を見渡せる開放的なつくりです。本棚が高く、 人が視界に入らなければ静かな空間も馴染みますが、たくさんの人が目に入 るのに、皆がじっと黙っている状態は、ややいびつです。こうした人々の交 流を促すための設計に、従来の図書館の「私語禁止」のルールは合いませ ん。でも、慣れ親しんできた方法を変えることは、簡単ではありませんでした。 図書館で子どもが泣いたら、外に出てもらうという意見が大半。YA 交流掲 示板も、当初は仕事が増えるという理由で反対意見が多かったと、吉成さん は振り返ります。
「建物だけでは、居場所はつくれません。大切なのは、みんなの居場所を つくろうという、中で働く人たちの想いです。最初は戸惑いがありましたが、 少しずつスタッフの感覚が変わっていきました。人が集まる仕掛けや企画をス タッフが常に考え続けているからこそ、メディコスはみんなの居場所であり続 けているのだと思います」

吉成信夫 Nobuo Yoshinari 元ぎふメディアコスモス 総合プロデューサー。東京都出身。CI コンサ ルティング会社(東京)などを経て家族と岩手県に移住。石と賢治のミ ュージアム(一関市)立ち上げに奔走。廃校を活用したサスティナブル スクール「森と風のがっこう」を開校。県立児童館 いわて子どもの森 初代館長を務めた。その後、岐阜市立図書館長、ぎふメディアコスモス 総合プロデューサーを2024年 4 月まで 9 年間務めた。東海国立大学機構 参与、明石市本のまち推進アドバイザー、中部学院大学兼短期大学部客 員教授。本のひみつ基地(無印良品柳ケ瀬店)など文化的空間づくりに 各地で関わっている。旅とカフェとムーミンが好き。


まちの盛り上がりは メディコスの外に広がっていく
開館する 2 年前。メディコスの外側でも、今の岐阜市の盛り上がりに繋が る火が灯っていました。メディコスという巨大プロジェクトの決定をきっかけ に、地元で商売を営む若手経営者約 20 名が集まり、建築家のチームも交え て、まちの将来について語り合い始めました。普段、何気なく生活していると、 地元についての青臭い話や、純粋な想いをぶつける機会はほとんどありませ ん。でも、それはきっかけが無いから。メディコスが出発点となり、想いを抱 く人と人とが繋がったのです。
「また来たくなる場所ってどんなところだろう」 「人を迎え入れる方法を考えてみよう」
こうしたテーマでの議論は、分かりやすい結果として表れないかもしれませ ん。それでも、チームに共通認識ができ、互いの信頼関係が深まります。そ の土壌づくりがあったからこそ、メディコスができた後に、確かな形としてま ちに根づいていきました。例えば、メディコス周辺のカフェや商店などに本 棚を置く「ぎふまちライブラリー」には、10 のお店が参加しています。お店 ごとに陳列される本が異なり、本棚にお店の個性が反映されます。この取り 組みを主導したのは、明治 9 年創業の油屋さん、「山本佐太郎商店」 4 代目 の山本慎一郎さんでした。
「この取り組みを通して、地元に仲間が増えました。メディコスには、 年間 100 万人以上が訪れてくれます。その人たちが、楽しみながらまちを 回遊してくれるにはどうすれば良いか。仕組みの 1 つとして、本を通して まちと図書館を繋ぐ仕掛けを設けました」


大人から子どもへ まちの歴史は紡がれる
人が集まる施設ができると、まちはどう変わっていくのでしょうか。岐阜市 とメディコスは、その 1 つの答えを教えてくれます。メディコスの周辺では、 2015 年の開館以降に、お店の改装や新店オープンが続き、賑やかなまちに 変わっていきました。山本さんの「山本佐太郎商店」も、2023 年に店舗を リニューアルしました。オリジナルで手掛ける大地のおやつシリーズや「白ご はん .com」の冨田ただすけさんと一緒に開発したふりかけなどを店内で販売 しています。
「リニューアルをするかどうか。その決断に迷った時、 メディコスの 100 万人を超える来訪者が、背中を押してくれました」
メディコス周辺を散策していると、ここ数年でオープンした新しいお店たち にも出会えます。メディコス裏手のコーヒー店「yoknel 」もその 1 つ。東京 で働いていたオーナーの古海称太さんは、およそ 2 年前、岐阜市のこの場所 でお店を営む決断をした理由のひとつに、メディコスを挙げます。人が新た に人を呼び、居場所が新しい居場所をつくっていく。そうして、まちの輪は広 がっていくのです。
まちを変えるのは人であり、決して施設ではありません。けれど、その人 と人を繋ぐ役割を、施設や場所は担うことができます。メディコスは、岐阜 のまちに点在する人々の想いを一本の線として繋げる情熱の結節点です。そ していつか、放課後の青春を過ごしている中高生たちが、大人たちの想いを 受け取り、地元に還元していく。そうしてまちの歴史は、紡がれていくのです。

※改修に伴うホテル休止期間は2025年10月1日~2026年秋頃までを予定しています。
砂川パークホテル リニューアルプロジェクト
2026年秋の完成を目指し、砂川パークホテ ルはリニューアルします。 1986 年に「砂川 市内で結婚式を挙げられるホテルを創りた い」という市民の期待のもと、多くの地元市 民の出資により開業しました。以来、結婚式 等の大規模イベントの開催、ホテル宿泊客 の受け入れ、レストランでお食事を提供する など、市民の皆様に愛されてきました。ホテ ルの建物はそのまま残しつつ、これまで駐 車場だった場所には新しくサービス付き高齢 者住宅をつくり、定住者と市民の皆様、宿 泊客が交流し、“みんなの居場所”になる豊 かな日常の場を創造します。


社会課題をビジネスで解決する ドキュメンタリーをポッドキャストで配信中
SHIROが手掛ける、北海道砂川市の砂川パークホテル・リ ニューアルプロジェクトを題材に、さまざまな社会問題をビ ジネスで解決していくプロセス、「あいだ」をお見せする現 在進行形のドキュメンタリー番組。理想と現実、都市と地方、 人と人など、さまざまな「あいだ」をキーワードに語ってい きます。MCはブランドプロデューサーの今井浩恵と、ノンフ ィクションライターの泉秀一。毎週水曜日配信。
肌の色が異なるように 世界にたった一枚の 制服をつくる
SHIRO は制服のリユースに 取り組んでいます。 自然素材を使って制服を染め直すため、 札幌にある野口染舗を訪ねました。 天然染料で着古した制服を染めるのは 難しいのを知りながら、それでも 野口さんは引き受けてくださいました。

着物を染め直して着続ける 古くから日本にあった文化

2025年6月にオープンした渋谷PARCO店でスタッフが着用している制服は、 全国の直営店舗で着用している制服を天然染色したもの。 3月にオープンし たミナモア広島店で採用した藍染めの制服に続いて、今回染めをお願いした のは、札幌で悉 しっ 皆 かい 屋 や を営む野口染舗。悉皆屋とは、着物のお直しに関する 相談を受ける相談窓口のこと。日本には古くから着物を染め直して着続ける 文化がありました。
工房を訪れたSHIRO PAPER編集部を迎えてくださったのは、野口染舗の5 代目の野口繁太郎さん。工房のテーブルの上には、間伐の過程で切り落とさ れ、活用されていなかった白樺の枝や葉、ワインを搾った後に残ったぶどう の皮、コーヒーの出がらしなどが並べられていました。自然素材が並ぶ様子 は、SHIROの研究開発室や、SHIRO CAFEのメニューをプロデュースするイ タリアンシェフである高尾僚将さんのキッチンを思い起こさせます。自然素材 からSHIROは香りを、高尾さんは味を、野口さんは色を引き出しています。
着物の需要は下降の一途を辿っていますが、野口さんは、さまざまな方法 で着物の文化を現代の暮らしに取り込もうと挑戦しています。そのひとつが天 然染料を使った染色です。天然染料は、環境負荷が少なく、自然な色合い が特徴。合成染料に比べ染まり具合が浅いため、制服についた汗や汚れを 覆い隠すには不十分です。また、 SHIROの制服の生地にはポリエステルが 含まれていて、天然染料が浸透しづらい。自然素材を使い切るというSHIRO の考えに共感してくださった野口さんは、難しいことを承知で天然染料での 染色にチャレンジしてくださいました。
スタッフが着古した制服は、油染みやメイク汚れが付着し、中には破れ たりポケットがとれているものもあります。野口染舗で染められた制服は次 のクリエイティブを担う方に手渡され、ワッペンをつけたりパッチワークを施 して、世界に一枚しかない制服に仕上がります。人の肌の色がそれぞれ違 うように、染めの色は異なり、人の個性が異なるように、制服にも異なる装 飾を施します。制服のリユースは渋谷 PARCO 店からスタートし、段階的に 全国の店舗へと拡げていく予定です。



